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齊藤ジョニー

齊藤ジョニー
齊藤ジョニー 2nd Album
2012.7.25 Release
UICV-1020 ¥3,000(Tax in.)
【収録曲】
  1. 夏の正体
  2. D.P.T.
  3. Happiness [Movie]
  4. お世話になります
  5. Helpless
  6. ぼくの友だち
  7. Family Affair
  8. One More Time
  9. アカプルコの出来事
  10. 星の終わりのラブソング
  11. 絶品ガール
  12. ハーヴェスト
【ライナーノーツ】

 僕が初めて齊藤ジョニーと会ったのは、彼のデビュー直前に行われた、関係者向けのショウケース・ライヴにおいてであった。緊張なのか照れなのか、はにかんだような笑顔を浮かべてギターやバンジョーを弾き、歌うジョニーの姿はじつに瑞々しく、鮮烈だった。そして、その瑞々しさや鮮烈さは、たとえば彼の音楽性を語る代名詞でもあるブルーグラスやカントリー、ざっくりと括ってしまえばルーツ・ミュージックと言われるジャンルのイメージからいえば、意外にも感じられるほどだった。
 彼自身の好きな音楽リストをひもとけば、その意外さはさらに強まる。原体験はバーズやビートルズ、その後レッド・ツェッペリンやディープ・パープルにどっぷりはまり、その後大学でブルーグラスに出会う――2010年代の今、その遍歴からフレッシュさを受け取ることは、まあ、控えめにいってもちょっと難しい。いや、別にルーツ・ミュージックやクラシック・ロックがダサいとか古臭いとか言いたいわけではもちろんないのだが、少なくとも、そんな音楽体験から生まれる感性と志向は、同時代のポップミュージックを聴いて育った人とは違うユニークなものになるのではないだろうか。要は、そこからこれほどまでに瑞々しくて蒼いエモーションが湧き出てくるものかと、初めて生で齊藤ジョニーの歌声を聴いた僕は驚いたのである。
 だが、それこそが、この齊藤ジョニーというアーティストの最大の特徴なのだ。彼は大学時代、ブルーグラスに傾倒する一方で、くるりをはじめとするギター・ロックも大好きだったという。ある意味で彼は、ルーツ・ミュージックにも同時代のロックにも、同じものを見出していたのかもしれない。先述のショウケース・ライヴの後、僕は初めてジョニーにインタヴューをする機会を得た。そこで彼が引き合いに出したのが、「主張がパーソナルであればあるほど、それはユニヴァーサルなのだ」という、キース・ジャレットの発言だったことが印象に残った(正確には、この言葉はジャレットがとある対談のなかで引用したものだが)。つまり、自分の感性や信念に忠実であればあるほど、そこから生まれるものは広く伝わる可能性をもつ、ということだろう。齊藤ジョニーはそれを体現するアーティストだ。音楽スタイルとしてはブルーグラスの影響色濃い、ある意味で「枯れた」サウンド。しかしそれこそが彼のリアルであり、そこに自然に等身大のエモーションが投影されているところに、齊藤ジョニーの音楽の魅力はある。
 2011年10月にリリースされたデビューアルバム『I am Johnny』で最大限に表現しようと試みられていたのは、そんなジョニーの音楽の真髄だった。バンジョーやフィドルがカラフルに鳴り響く中、そこで歌われるのは、その歌詞とメロディだけ取り出せば下北沢あたりのライヴハウスで夜毎かき鳴らされている青春ロックンロールと同質の蒼いエモーションの奔流であり、それはたとえば「誰だって 一度きりの命さ/自分だけの 場所探してんだ」と歌う“Goin’ Home”や、「よく名前の知れた駅で/待ち合わせとかしてみたい」とあまりに甘酸っぱい感情を刻む“東京の女の子”など、アルバムの端々でダイレクトに感じることができた。スタイルとしてのルーツとリアルとしての感情。一見相反するそのふたつが、ジョニーのなかでは完全に合致していたからこそ鳴らせた音楽だし、だからこそ、その音楽はどこまでもポップに、フレッシュに響いたのだ。逆にいえば、齊藤ジョニーにしか鳴らせないジョニー・サウンドは、すでにその時点で完成していた――と、あまりに鮮やかなデビューアルバムに触れた僕は思っていた。が。

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 それから9か月。齊藤ジョニーから新たに届けられたアルバムは、むしろその『I am Johnny』が実はプロトタイプだったのではないか、あるいは、じつは緻密にバランスを取った戦略的な1枚だったのではないかと思わせてしまうほど、さらなる鮮烈さと驚きをもたらす作品となった。その名も『齊藤ジョニー』。2枚連続で自身の名前を冠するというのは珍しいが、つまりそれだけの意気込みと覚悟を込めた作品だということなのだろう。ならばあえてこう言い切ってしまってもいいかもしれない。本作は、齊藤ジョニーにとって「もう1枚のデビューアルバム」である、と。
 本作を決定づけるポイントのひとつは、そのどこまでもアコースティックな音像である。まるでスタジオライヴのような飾り気ないサウンドは、前作の音ですらじつに巧みにシュガー・コーティングが施されていたのだなと気づかせてくれる。エレキギターが力強いリズムと相俟って、どこか中期ビートルズっぽい雰囲気を醸し出す“お世話になります”やザクザクと刻まれる四拍子が気持ちいい“絶品ガール”のような楽曲もあるが、多くは文字通り剥き身の、そして彼の出自であるブルーグラスのフィーリングに直結した音となっている本作。これは前作を経て、そしてライヴを重ねて手に入れた彼とプロデューサーである高野勲・マイケル河合両氏の自信の表れだと見ることができる。デビュー時にすでにポップミュージックとしてど真ん中で闘っていくことに高い意欲を見せていたジョニーだが、本作はまるで、自分から「ポップス」の側に寄っていくことをやめたかのような、言ってみれば裸のサウンドである。しかし、それが、驚くべきことに前作以上のポップさをもって響く。“夏の正体”や“Happiness”のような楽曲のもつ普遍性の高さは、前作の“ハックルベリー・フィン”や“線路際のワイルド”からはるかにジャンプアップしている。その大きな要因は、歌詞とメロディの変化だろう。サウンドがよりアコースティックに寄る方向で、メロディセンスや歌詞はさらにポップに、さらにフレッシュになっている。
 どこまでもピュアなラヴソング“Happiness”、一方で恋の終わりを静かに歌う“Helplless”。親友に向けた手紙のようなバラード“ぼくの友だち”、音楽への愛情が自身の決意と重なっていく“ハーヴェスト”……その歌詞はより物語性を増し、同時にはっきりとした輪郭をもった主人公(多くの場合、それはジョニー自身だったりするのだろう)の一人称視点から見えるのは、僕たちが暮らすこの世界そのものだ。より豊かなドラマを描き出すようになったメロディは、その世界をいきいきと照らし出す。そう、サウンドがある意味でよりオーセンティックなものになることで、齊藤ジョニーの音楽は、かえって自由度を増しているのである。どういうことか。今一度、ジョニーが引き合いに出したジャズ・ピアニストの巨星の言葉を思い出してみよう。「主張がパーソナルであればあるほど、それはユニヴァーサルなのだ」――この『齊藤ジョニー』というアルバムは、そんなジャレットのインスピレーションを、よりエスカレートさせた作品なのだ。
 音楽性、サウンドメイキングの面では「ポップ」の衣を脱ぎ、一方でメロディや歌詞においては等身大のリアルを最大限に発揮し――そうすることでその音楽はますます「ユニヴァーサル」なものとして響く。その証拠がこの『齊藤ジョニー』だ。
 本作でジョニーはなんとダフト・パンクのダンス・クラシック“One More Time”をカヴァーしている。前作ではバグルスの“ラジオ・スターの悲劇”をやっていたし、この“One More Time”もライヴでのレパートリーなので驚かないが、これをこんなアレンジでやってしまえるところに、このサウンドこそがジョニーの根っこなのだということを改めて実感する。本作の音こそ、齊藤ジョニーというアーティストのベーシックなのだろう。ここから彼がどこに向かっていくのか、期待と楽しみが尽きない。

小川智宏(ROCKIN’ON JAPAN)

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アルバム「齊藤ジョニー」スペシャル

I am Johnny

I am Johnny
Debut Album
2011.10.26 Release
UICV-1017 ¥2,000(Tax in.)
【収録曲】
  1. ハックルベリー・フィン [試聴]
  2. Goin’ Home [試聴]
  3. アルマジロ
  4. Eureka [試聴]
  5. 線路際のワイルド [試聴]
  6. さらば美しき女よ
  7. グランファ
  8. 東京の女の子 [試聴]
  9. ラジオスターの悲劇 [bonus track]
【ライナーノーツ】

新たなシンガーソングライターの登場だ。その名を齊藤ジョニー。今年 TAYLOR SWIFT が自身のツアー・オープニングアクトに自ら抜擢したという24才。アコギを持ち、ステージではマンドリン奏者やフィドル奏者達と横並びするという新鮮なスタイルで、心地好いアコースティック・グルーヴを放つ。そう、齊藤ジョニーは、2010年以降次々と現れる多くの新世代ミュージシャン達の中にあって、異色とも言える側面を持つ。

BEATLESやTHE BYRDSに目覚め、DEEP PURPLEやLED ZEPPELINをコピーしバンドも経験、その後ブルーグラス、カントリーへと傾倒した彼。彼の音楽には深く、ロック・クラシックスやルーツ・ミュージックが根差す。TAYLOR SWIFTが抜擢したのも納得のその奥深さは、デビューアルバムとなる『I am Johnny』の至る所から感じ取れる。

けれど齊藤ジョニーの音楽は、不思議とルーツ然としない。主役は、24才の今、彼の感性だからだ。気負いなく溢れ出てくるその感性がとてもまぶしい。その甘いマスクに相応しい柔らかな歌声が、まだ希望も迷いもないままの今の彼、彼の思い・心情を描き出していく。とても素直に。そして優しげに。気持ちの行き渡ったこのアコギのみずみずしい響き、フィドルが寄り添い彼の少年のような歌声とともに空高く舞っていくような。齊藤ジョニーの音楽は、“旅”を感じさせる。湯川潮音やCARAVANに通じる“心の旅”。

齊藤ジョニーの音楽は、洗練された手応え確かなルーツ・サウンドに支えられながら、実はイマジネーションにも富むことが特長だ。でも、もう一つ最後に伝えておきたいのは、閉じがちなこのタイプの音楽にあって、彼の場合に限っては、外に広がっていくということだ。それもナチュラルに。彼の音楽の心地好さの所以でもある。このおおらかさは多くの人達を受け入れていくだろう。その一方で、趣味性の現れたコアな一面もある。彼がエレクトリック・ギターを引き倒すM-8“東京の女の子”のように。そこでの彼は、ツェッペリン張りのフレージングやリードソロのフィンガリングが本腰だけれど、ボーナストラックの“ラジオスターの悲劇”のカントリー・カバー(エレポップな曲なだけに相当新鮮!)と合わせ、これらは茶目っ気ぶりとも映る。これも心強い。音楽の自由と楽しさを知っている人だからこそ、多くの影響を与えるべく、羽ばたいていってほしいと思う。

(MMMatsumoto/MARQUEE 編集長)